第31話 道徳と宗教はどう違うか
人間は、“道徳さえきちっと守って生きてゆけば、信仰や宗教など必要ではない”と言う人が、かなりたくさんいる。
これは間違っている。
道徳とは人格を高めようとするところに生まれたものであり、宗教はほんとうの生きる道を教えるものである。
ちょっと難しい表現になるが、道徳は、"人生の目的を果すための手段"であり、宗教はそれ自身 "人生の目的"なのである。
わかり易い例で話そう。
ここに夫婦がいたとする。
妻は怠けもので虚栄心の強い人であるが、夫は立派な道徳的な人であったとする。
「妻はいけない人だが、夫は立派な人だ」
と世間もいい、彼自身も人間として間違ったことはしていないつもりでいる。
彼は道徳的な人だから、妻のことを口に出して非難しないかもしれない。
しかし心の中では不幸なことだと嘆くにちがいない。
ところが、宗教人は同じ立場に立ったとき、恐らく別な考え方を持つであろう。
妻がいたらない人間である限り自分は本物の善人ではない。
本物の善人というものは、例えば砂糖のようなものである。
砂糖は自分が甘いばかりでなく、一緒に煮られるものをみんな甘くする。
自分は正しい行いをしているつもりでも、妻が正しくなってくれない限り、自分は本物の善人であるという自覚に立てないのである。
そして仏の御前に合掌しつつ、いっそう正しい道──菩薩道に精進していくのである。
しかも、そのような精進を続けることは彼にとっていささかも苦痛ではなく、かえって法悦なのである。
彼は心のどこかで妻を拝んでいるのである。
妻もいつか必ず変ってゆくのである。