第31話 雨の音
サトウハチロウさんの文章に次のような書き出しで始まる、「明治の音」と題されたものがあります。
「どの町にも、しっとりとした落ちつきがあった。雑音などというおかしなものがなかった。だから、もの売りの声や、笛や、音が、そのまま、すなおな響きで、つたわってきた」
フーリンの音や、車井戸のきしむ音などの音の情景が述べられる中で、傘の音についての記述があります。
「雨が降る。
雨が降れば傘だ。
その傘に雨の音がする。
こうもり傘は布の傘。
こいつはあんまり音がしない。
布が雨をすいこむからだ。
番傘、蛇の目、奴蛇の目。
竹と紙の傘だ。
雨の音は、番傘がいちばん大きい。
蛇の目がいちばん小さい。
雨の音を髪の毛に、しみこませながら、よくお使いにいった。
昔の音は、よく話しかけてくれたような気がする」
この文はこの欄で何度も紹介しているアナウンサーの村上正行さんが、日常生活の中にある音のレコード「明治の音」を作った時に、そのインナーノートとしてハチロウさんにお願いして書いてもらったそうです(だから作品集には出ていないと思いますよ)。
お気に入りの傘を買って、そこに当たるポンポン、パンパン、ポポポンパンなんて雨音を楽しみましょうよ。
そして、この欄も楽しむためにお題、ちょ~だい!
次回はマトリックス公開記念。第1作に見た、悟りの風景について書きます。