第86話 イキイキした目
入院しているアナウンサーのMさんを見舞った。今年80歳である(第8、15、16、65、66話に登場してくれている方です)。軽い黄疸が出たので検査したら、即入院になってしまったらしい。
入院の知らせを受けて3週間後、アポなしで見舞った時、Mさんは6人部屋の窓際のベッドで枕にカバーをつけているところだった。声のでかい坊さんとアナウンサーなので、他の患者さんに迷惑だろうと、面会用の談話室へ移動して話をした。
「なんだ、元気そうじゃないですか。」
「入院してるのに、元気もなにもないんですけどね。自覚症状がないもんだから。」
「で、どうです?経験したことない入院生活は。」
「いや、もう最初の3、4日は嫌になっちゃいましたよ。」
「どうして?」
「だって、考えてもごらんなさい。ここにいるのは、私の大嫌いな、医者と年寄りしかいないんですよ。」
「そりゃ、そうかも。」
Mさんは50年のニッポン放送在職時代も、健康診断は受けたことがない程医者嫌いだ。
「おまけにね、聞いてくださいな。その年寄りがね、自分の病気の事、自分のことしか考えてない目をしてるんですよ。」
私は10年前に父が入院していた時のことを思い出した。兄や姉と交代で付き添いをしていた時期があったのだが、私が少し遅れて行くと「何してたんだ?お姉ちゃんはもう2時間も前に帰っちゃったのに。」とグチを漏らすことがしばしばあった。こちらにも子供のお風呂や仕事の段取りがあって、遅れてしまうのだが、病人である父はそんなことに想いはめぐらないようだった。
そんな病人の心の様子を、自分の病気のこと、自分のことしか考えない目をしていると観察したのは、Mさんらしいと思った。
Mさんは私たちが元気のない時こんなことを言う。
「人のイキイキした目を見たければ、デパートの大食堂へ行くんです。あそこに料理のサンプルケースがあるでしょ。その裏へまわって、何を食べようかと選んでいる人の目を見てごらんなさい。世の中でこんなイキイキした目をした人にはお目にかかれませんよ。私たちはいつだってあの時の目をしてなきゃ駄目なんです。」
おっと紙面が尽きた。この続きは次回「病院の暗さ」で。病院が持っているあの暗さの原因の一端について、明るく(?)考えてみます。