第87話 病院の暗さ

挿し絵 Mさんを見舞って、病院の自動ドアから外に出て、私はふと思った。
 どんなに病院が近代的なデザインを取り入れた内装をほどこしても、食事を選べるようになっても、看護婦さんたちがハキハキしていても、病院、特に病室は独特の暗さを持っている。その原因の大部分をしめているのが、Mさんが言った“ここにいる病人は、自分の病気のこと、自分のことしか考えていない”ことに起因しているのではないだろうか……
 そういえば、Mさんの6人部屋の病室に入った時、Mさん以外のベッドはカーテンが閉じられていて、その隙間からチラチラとテレビの画面が映っていた。それはまるで心を閉じているかのようだった。

 偉そうなことを書いている私だが、入院経験のない私が入院生活をする羽目になった時、レストランで何を食べようか選んでいる、あのイキイキした目をしている自信は微塵もない。おそらく自分の病気のこと、今後のことなど、自分中心の思考を堂々巡りさせ、伏目がちな、ため息ばかりつく自己優先患者になるだろう。
 しかし、Mさんの話を聞いたおかげで、すくなくとも“おっ、いかん、いかん。俺は自分のことしか考えていない心の病気になりつつなるぞ”と気がつけるキッカケをもらえたと思う。
 実際に、知り合いの中には、入院中にナースステーションへ行って“すみませんが、タオルたたみでも、トイレ掃除でも、何でもいいから、私に手伝えることをやらせてください”と頼んだ人もいる。こういう患者さんが増えると病院はずっと明るくなるだろう。

 病気になると考え方が自己中心的になる。そして、自分しか見ていない(見ようとしない)表情が、その空間の雰囲気となって全体を覆いはじめる。なんだか、今の日本の姿のような気がしないでもありません。
 Mさんのお見舞いで、もう一つ印象に残ったのは「芳彦さん。私はね、ここに入院している間、自分の病気のことしか考えない人たちの目を、たくさん観察しようと思ってるんですよ」と話す茶目っ気のある目でした。

 明るく書こうと思ったのに、できなくてスミマセンでした。