第65話 涅槃雪(ねはんゆき)
寒い東北では2月13、4日になると、きまったようにうす汚れた雪の上に美しい真っ白な雪が舞い降りてくる。
これを「涅槃雪というのだ」と、私に教えてくれたのは、いまは亡き隣りの老僧だが、その老僧が、
「ああ、涅槃雪だ」と、さも感慨深気に窓の外を眺めていた半世紀も前のことがついせんだってのことのように思い出す。
お釈迦さまは2500年前の2月15日の夜半、80歳で涅槃に入られた。
そのお釈迦さまのご命日を偲ぶがごとく舞い降りる雪なので誰いうともなく「涅槃雪」と呼ぶようになったものであろう。
東北からこちらに移ってきて涅槃雪を見られないのはいささか物足りない感じだが、それにしても暑い国インドにお生まれのお釈迦さまのご命日が新雪の供養を受けられるとは、さすが聖者にふさわしいスケールの大きな話である。
応(まさ)に度すべき所の者は、皆すでに度し訖(おわ)って、沙羅双樹(さらそうじゅ)の間に於いて将(まさ)に涅槃に入りたまわんとす。是(こ)の時中夜寂然として声(おと)無し、諸(もろもろ)の弟子の為に略して、法要を説きたもう。
キリストは、十字架上にその短い生涯を閉じているがお釈迦さまの場合はまったく逆で、大勢の弟子たちははじめて鳥や獣物にまで嘆き悲しまれ、最後の法要を垂れてこの世を去られた。
私たちはお釈迦さまの涅槃にあやかって、そのみ教えに導かれ尊い生命を全うしたいものである。