第75話 色即是空
『般若心経』の「色即是空」という言葉が有名だが、ここにいう色とは色欲とか色情のことではなく、すべて存在するもののことだから、「色即是空」とは、この世のありとあらゆるものはすべてみな空だというのである。
といっても空々漠々として何もないということではなく、何物にも不変の実体がないということである。
それはどういうことかというと、すべては因縁によって生じ、因縁によって滅するということなのである。
因とは原因のこと、縁とはそれを助ける条件のことで、因と縁が かけ合わさって物が生じ、因と縁が 離散することによって物は姿を消すのである。
たとえば建物。これはいろんな資材、つまり因が建築業者の組立作業という縁を借りて出来上がったものであり、解体すれば建物は跡形もなくなり、不変の実体はどこにもない。
私どもの体にしてもそのとおりで、
「これは俺の体だから俺の自由だ」
などといくら力んでみても、決して自分の意のままになるものではない。
誰だっていつまでも若々しく健康でありたいと願うのだが、30の坂を越すと頭髪も薄くなり目もかすんでくる。
また不慮の災難に遭って手足をもぎ取られることもあろうし、この頃は働き盛りの人が過労死で倒れる例も決して少なくない。
まさに色即是空である。
いままでは 人のことじゃと 思いしに
俺が死ぬとは こいつァたまらん
といって死んでいった人がいるが、色即是空は決して人ごとではない。