第82話 牛蒡の頭
禅寺の朝食はお粥に相場がきまってますが、時としてご飯になることがあります。
ご飯には一汁一菜がつきます。
或る朝のこと、その日はご飯でした。
風外和尚は小僧の運んできたお膳につき、箸をとり、まずひと口味噌汁を吸い、
「うまいなァ、何汁かな」
と、箸で汁の具をさぐると、箸の先に何やら堅い物がふれました。
つまみ上げてみると、なんとそれは蛇の頭でした。
前の晩ザルに入れておいた野菜の中にはいり込んだ蛇を、暗がりの中で知らずに野菜と共に切って煮たのでありましょう。
風外和尚は、
「典座和尚を呼んでこい」
と小僧に命じました。
呼ばれた典座の奕堂和尚が方丈の間に入ると、
「これはなんじゃ」
と、風外和尚は箸でつまんだ物を前に突き出しました。
奕堂は手のひらでそれを受けました。
蛇の頭である。
が、奕堂和尚は平然として、
「これは牛蒡の頭です」
というや否や、口の中に放り込み、かんで呑み下してしまいました。
「うむ、そうか」
とひとこと、風外和尚は奕堂和尚の見事な証拠隠滅ぶりを見て満足そうでした。
この風外和尚は、江戸時代後期の人で、その学殖と禅定において稀にみる巨匠でしたが、さらに絵を描き、尺八をよくしたので、人呼んで「風流風外」「画聖風外」といいました。
また奕堂は曹洞宗大東山総持寺の独住第一世となられた人であります。