第86話 相続や大難
私どもの周囲には、才能のあるにまかせて、あれもやり、これもやりして生命力を分散し、結局は虻蜂とらずの一生を終わる人が少なくなりません。
逆に、たとえ才能には恵まれていなくとも、自らの能力に応じた守備範囲を堅く守って、一つのことに精力を集中し、それを蓄積して大きく自己啓発の実を挙げている人も少なくありません。
お釈迦さまの弟子に周梨槃特という人がおりました。
この人は物忘れの名人で、聞いたことはすぐ忘れてしまうので、仲間の弟子たちはその愚かさをののしり、いつも軽蔑しておりました。
そこで同じ仏弟子であった彼の兄は、
「お前のようなものには出家はつとまらないから」
といって彼を追い出してしまいました。
兄に追い出されて街角で泣いている彼の姿を見つけたお釈迦さまは彼を連れて帰り、一本の箒を与え、
「心のチリを払わん」
という言葉を唱えながら掃除にはげむようにと諭されました。
こんな簡単な言葉さえ中々覚えられない周梨槃特ではありましたが、明けても暮れてもただそのひと言を繰り返して掃除にはげみました。
その結果、周梨槃特の心境は大いに深まり、あざけり笑った人びとや、ののしった仲間達をはるかにしのいで、ついに羅漢様の悟りを開いたというのであります。
禅に「相続や大難」という言葉があります。
一つのことを相続し継続することは容易なことではありません。
しかし、その容易でないことを持続、相続してこそ大きな成果をつかむことができるのであります。